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最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)809号 判決 1959年6月25日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人弁護士原田武彦の上告理由について。

被上告人(原告)が昭和二五年三月二五日その所有にかかる本件建物を上告人(被告)に対し代金五〇万円で売渡す旨の売買契約を締結し、手附金として金一〇万円を受取つたこと、残代金は同年九月三〇日までに支払い同時に被上告人は右建物の引渡及び所有権移転登記手続をなすことを約定したこと、上告人は右建物の一部階下一一坪八合の引渡を受けたが、いまだ残代金二五万円を支払つていないこと、以上の各事実について当事者間に争のないことは本件記録上明らかであり、そして右当事者間に争のない事実を基そとして原判決の判示するところは次のとおりである。すなわち原判決は本件建物の敷地は訴外久国寺の所有に属し、被上告人は右寺から右敷地を賃借していたのであるが、被上告人は本件売買契約にあたり、上告人が久国寺から右敷地を賃借又は転借の承諾を得ることをうけ合つた事実が認められるから被上告人はその責任において、右敷地を上告人が久国寺から直接賃借することを斡旋するか、あるいは被上告人が上告人に転貸するにつき承諾を得らるるよう取り計つて上告人が現状のまま買受家屋を使用し建物買取の目的を達せしめる義務があり、この義務は自己の所有権移転登記義務と同様、上告人の代金支払義務と対価的関係に立ち被上告人において右義務の履行についてなすべき一切の準備行為をなしたときは上告人において代金不払につき遅滞の責を免れないものであるとの見解の下に、挙示の証拠によつて、被上告人は上告人に対し昭和二六年二月九日残代金二五万円の支払を催告し、もし二週間内に支払なきときは売買契約を解除する旨、通告を発したところ、上告人は同月一七日前示敷地を久国寺から借受けられるようにして貰いたいと申入れてきたので、同日久国寺の世話人鈴木某と共に上告人被上告人両名は久国寺に赴き住職水田某に対し賃借方を申入れた。これに対し右住職は被上告人において従前の延滞賃料を支払うこと、上告人は右鈴木某を保証人として公正証書を作成することを条件として上告人に賃貸することを承諾し、鈴木某も上告人の保証人となることを承諾した。そこで被上告人は即日延滞賃料を完済し、翌一八日被上告人は上告人に対し右延滞賃料を完済したこと、上告人の新な賃借地は建物の敷地並びに建物使用に必要な限度において約一二坪として分割すべきこと及び残代金は三日の猶予期間を附すべきにつき同月二一日限り支払うべき旨催告し、もしその支払なきときは本件売買契約はこれを解除する旨通告した。然るに上告人は遂に右の支払をしなかつたものであるとの事実を確定した上、以上の事実関係である以上、被上告人としては売主としてなすべき義務は全部完了したのであり右催告は上告人を遅滞に附するに十分であるから、本件売買契約は右解除の意思表示により有効に解除されたものであると判断しているものであることは原判文上明らかである。思うに、本件のような建物の売買契約においては、売主たる被上告人の建物の引渡並びに所有権移転登記手続をなすべき義務と買主たる上告人の代金支払義務とは特段な約束のない限り(このような特約のないことは前示当事者間に争のない契約の趣旨に徴し明らかである)同時履行の関係にあるものであるから被上告人において前示のような猶予期間を附した履行の催告をなした場合においてはおそくもその最終期日までに建物の引渡並びに所有権移転登記手続をなすについて準備を完了し(但し建物の一部の引渡は済んでいた)、上告人から代金の提供あらば直ちに自己の債務の提供をなし得るよう一切の準備を完了しておくことが肝要であり、かくして、前示催告は上告人を遅滞に陥らしむる効力を有するものと解すべきところ(最高裁昭和二九年七月二七日第三小法廷判決集八巻七号一四五五頁参照)、原判決は上告人被上告人の前示各債務が同時履行の関係にあるものと判示しながら前示賃借権の承継あるいは転借の承諾の点にのみ審理を集中し、被上告人のなすべき履行の準備並びに提供については何ら釈明をなすこともなく漫然と前示催告が前叙の理由だけで附遅滞の効力あるものとしたのは審理不尽であり、延いて理由不備の誤謬に陥つたものと云わざるを得ないのであつて、論旨は結局理由あるに帰し、原判決はこの点において到底破棄を免れないものと認める。

よつて、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)

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